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弥陀の浄土にともに

昨日は、縁のあった方に阿弥陀さまの本願について、話しました。

その方は、全く仏教を聞いたことのない人なのですが、阿弥陀如来のことを伝えました。

今までは、人に仏教の話をするときは、難度海のたとえや無明の闇といったことから話をはじめて、徐々に阿弥陀仏の話をするといった感じでしたが、今回は、そのものズバリ阿弥陀さまの話をしました。

お互いの信頼関係が築けていることが大切でしょうが、とにかく阿弥陀さまがおられることを知ってほしかったからです。

私と深い縁のあった方に、大慈悲心の阿弥陀さまのことを知っているのに伝えないのでは、人として情けない、阿弥陀さまに申し訳ないとの思いがありました。

真宗宗歌3番にありますように、弥陀の浄土にともに参らせていただきたい思いです。

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最後の学徒(仮)さんのブログ crossroadの親友達(仮)より抜粋させていただきます。

 

さて、すべてに捨てられたかの如き私ですが、阿弥陀如来は、ひたすらに私を一人子として下さいました。
本当に、ありがたいことです。

(中略)

自分以外は、皆、如来方なのではないかとふと思うことがあります。
「大聖おのおの、もろともに、凡愚低下の罪人を、逆悪もらさぬ誓願に方便引入せしめけり。」
と御和讃にありますが、今から2600年前の事を言われているのが本当でしょうが、私の事を言われておられたのかと受け取らずにはおれません。

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どのような人でも等しく救いたまうのが、阿弥陀仏の本願です。

私と過去に家族兄弟友人であった方で、先に弥陀の浄土に参らせていただいてる方が、押し出し引っ張ってくだされているのだと、思うことがあります。

阿弥陀如来やそういった方々の慈悲心に思いを馳せると、私とご縁のあった方にも、どうか共に弥陀の浄土へ参らせていただきましょうという思いになるのです。

皆友 * - * 18:03 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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