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いつどこで苦難にあうも なんのその

私は、建設会社に勤めています。
今から13年前になりますが、古い平屋アパートの解体工事がありました。
その当時でも見るからに古びたぼろい建物でした。
解体前で、どの部屋も中の家財は、撤去処分されていました。
その中のある部屋の畳を外に出すという作業をすることになりました。
4畳ほどで窓もない、それはそれは暗い部屋でした。
一日中、日がささないようなところです。
いかにも貧乏な人が暮らしていたのだろうという雰囲気でした。

しかし、壁に習字半紙2枚だけが、なぜか貼り残されていました。
そこに墨で書かれていた歌を見てびっくりしました。

「いつどこで 苦難にあうも なんのその 我に六字の 護りありせば」
「聞いたこと 覚えたことも みな忘れ 残るひとつは 南無阿弥陀仏」


一緒に畳を運びだしていた同僚がいたので、その二首の歌をじっくり味わっていることはできませんでしたが、私の心は、かなりドキドキしていました。

こんな環境の悪い部屋で生活していた人が、自分で詠まれたのか?
阿弥陀さまの救いを喜ばれていたのなら、すごいことだ。
だとしたら、すごく泣けてくる話、感動する話だ。
それとも、どこかの妙好人の歌を掲げて生きる明かりにしていたのだろうか。
と、あれこれ考えながらも、心で繰り返し覚えました。

後日、書道の上手な方に色紙に書いてもらい自宅に今でも掲示してあります。

阿弥陀如来さまの大慈悲心は、苦しみ悩む者にこそ憐れんでくださるというのは本当だと思わされた出来事でした。

いつどこで 苦難にあうも なんのその 我に六字の 護りありせば
聞いたこと 覚えたことも みな忘れ 残るひとつは 南無阿弥陀仏
皆友 * - * 23:56 * comments(7) * trackbacks(0) * - -

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コメント

浄土真宗のご法義は、名もなき念仏者たちによって受け継がれてきたのですね。
Comment by あほうどり @ 2009/12/22 5:01 AM
いい話ですね。。
特に2つ目の詩が僕は好きですね。
この詩を読んで、古びた部屋で喜んで就寝されていたのではないでしょうか。
Comment by YGM @ 2009/12/22 9:07 AM
はじめまして、こんばんは。素敵な歌ですね。
胸が熱くなります。何度も読み返し 詠まれた方を
想像してどの時代にも 真実知らされた方が 
おられたんだなあと 嬉しくなります。 
私も この歌の意と一つになりたいと思います。
ときどき、遊びにきます。宜しくお願いします。
Comment by たこ焼き @ 2009/12/22 7:45 PM
ほんとに皆さまの仰られる通りだと思います。
ありがとうございます。
Comment by 皆友 @ 2009/12/22 11:57 PM
いいお話ですね。読ませていただきまして、ふと感じたところを記事に書かせていただきました。
Comment by hiromi @ 2009/12/23 12:57 PM
元会員のブログのは、教義中心だったり、会の批判めいた記事の多いですが、それらとは、趣の違った、佳いブログですね。これからも、楽しみにしています。
Comment by 冬薔薇 @ 2009/12/25 8:39 PM
冬薔薇さん
コメントありがとうございます。
Comment by 皆友 @ 2009/12/27 3:10 PM
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